前回記事では、フッ素コーティングの撥水性低下の問題についてご紹介しました。
フッ素コーティングについてご質問いただくことが多いので、フッ素樹脂を車ボディ向けのコーティングとして応用した場合の課題についてまとめてみます。
課題をひとことで表しますとこのようになります。
「フッ素樹脂コーティングはボディ塗装に密着しにくく、コーティングとしての耐久性に難がある」
それでも、従来よりフッ素樹脂がコーティング剤として使われている理由は何でしょうか?フッ素樹脂単体において、非常に優れた性質があるからだと考えられます。
以下でも述べますが、フッ素は全ての元素の中で最大の電気陰性度を持つため、炭素と強く結合したフッ素樹脂は下記のような特徴があります。
1.非粘着性・撥水性・撥油性が高く汚れにくい2.潤滑性が高く良く滑る
このように「粘着しなくて、水や油を良く弾き、良く滑る」ので、一見すると非常に理想的なコーティングとなるように見えます。
ところが、フッ素樹脂単体としては他のものとくっつきにくく滑りやすいため、コーティング剤とした場合もそのまま定着しにくいという特性が出てしまいます。
フッ素樹脂コーティングが「良いかもしれない」と思われつつ、現在も主流になれない理由がそこにあります。
くわしくその理由を見ていきましょう。
フッ素(単体)の強さ
フッ素(F)と他の原子が結合したものの中で、コーティング剤の元となるものとして「有機フッ素樹脂」(以下、フッ素樹脂)があります。
コーティング剤に使用されるフッ素樹脂は、主に炭素とフッ素(C-F)が結合したものがあります。
コーティング業界には、フッ素とケイ素が直接結合(Si-F)したように宣伝されているものがありますが、それは何かの間違いでしょう。
Si-F結合が間違いだという理由は最後に述べます。
炭素とフッ素(C-F)が結合したフッ素樹脂単体としては独特の強さがあります。
その強さとは、フッ素原子はフッ素原子がもつ電気陰性度の高さに由来します。
電気陰性度が高いということは、フッ素と結合した他の原子との間で電子を共有する力が強くなり、強い共有結合となります。
典型的なフッ素樹脂は、炭素とフッ素が結合した化合物(C-F)です。炭素が結びつきますから有機フッ素化合物に分類されます。
炭素とフッ素が結合した場合の結合エネルギーが、どれほどのものなのか数字で見てみましょう。
結合エネルギーの数字が大きいほど、紫外線や熱と酸素などよる分解に対して強い(分解されにくい)という特徴を持ちます。
結合エネルギーの例を見てみましょう。
原子間結合エネルギー 単位[kcal/mol]
- 炭素とフッ素 C-F : 115
- 炭素と炭素 C-C : 83
- ケイ素とフッ素 Si-F : 135
- 炭素とケイ素 C-Si : 76
- ケイ素と酸素 Si-O : 108
ガラスコーティングの基本骨格であるケイ素と酸素(Si-O)108よりも、有機フッ素樹脂の基本骨格である炭素とフッ素(C-F)115や、無機フッ素化合物であるケイ素とフッ素(Si-F)135の方が結合が強いです。
一見すると、フッ素樹脂が非常に強いわけです。
ただし、これはフッ素樹脂のカタマリとしてみた場合の強さなのです。
C-F結合したフッ素樹脂は他のものとくっつきにくい性質を持っています。このような性質であるため、水や油を弾く高い撥水性と撥油性と非粘着性を持ちます。
簡単にはくっつかないため、密着を促進するために一般的には素地との密着を高める働きをするバインダー、つまり接着剤のようなものにフッ素樹脂を混ぜたものと、フッ素樹脂のトップコートを塗ってから、フッ素樹脂が液体になるまで高温(300℃~400℃)に熱して溶融・溶着させます。
フッ素樹脂溶着コーティングの仕組み
溶着の仕組みは、素地と接着しやすい材料にフッ素樹脂を混ぜ込めみ「溶かす」ことによって、接着剤成分は素地に密着し、溶けた接着剤のなかにはフッ素樹脂が混ざり込みます。
これが冷めるとベースコートになります。
さらにもう一度、フッ素樹脂濃度の高いトップコートを塗り、フッ素樹脂も溶ける高温で焼くことによってベースコート表面のフッ素樹脂と、トップコートのフッ素樹脂が溶け合うことで強い密着が得られるわけです。
身近な例として、フライパンのフッ素樹脂コーティングがあります。具体的な工程は下記のようになります。
- バインダー※を、フライパン素地(アルミや鉄)に塗布する。
- 150℃程度でバインダーを乾燥させる。
- バインダーの上に、トップコートとなるフッ素樹脂を塗布する。
- 150℃程度でトップコートを乾燥させる。
- 300℃~400℃程度でトップコートを焼成する。
※.フッ素樹脂と接着剤のようなものを混合したもの。
フッ素+ガラスコーティングの仕組み
フライパンのように素地が熱に強い金属の場合には、このような高温での溶着が可能ですが、現場施工における自動車のボディコーティングでは、300℃以上という高温にすることはできません。
このため、ボディコーティングの場合は、常温での化学反応によるフッ素樹脂コーティングをおこなう必要があります。
それでは、フッ素樹脂コーティングの中でも、よく使われているガラスコーティングをベースにしたものの仕組みを見てみましょう。
フッ素樹脂それだけでは、上記のようにボディ塗装に密着することができません。
このため、ボディ塗装と密着するケイ素と酸素(Si-O)を無機有機ハイブリッドのガラスコーティングベースとして、フッ素樹脂の基本骨格である炭素と結合した有機官能基を媒介として、ガラスコーティングと結合するという仕組みとなります。
詳しく見てみましょう。下の図をご覧ください。
|
↑クリック拡大
フッ素ガラスコーティングの例
F:フッ素 C:炭素 CH2: メチレン基などの置換基 Si:ケイ素 O:酸素 Y:有機官能基 有:有機物(塗装面) |
ボディ塗装表面は有機物で覆われています。
コーティングのバインダーとなるケイ素原子(Si)と強固に結合する酸素(O)を含む有機官能基Y(有機物と結合しやすい原子団)が、塗装面の有機物(有)と強い力によって原子間結合(化学結合)します。
この部分がガラスコーティングの基本(土台)となります。
フッ素樹脂は、炭素(C)が主骨格となっています。メチレン基(CH2)のような置換基を介することによって、フッ素樹脂-ケイ素樹脂間を結合することができます。
フッ素樹脂ガラスコーティングの弱さ
一応形の上では上図のようにコーティングができます。
しかし、上図のようにフッ素樹脂とガラスコーティング間の結合点に課題があることが数字でわかります。
上図の赤枠で示した部分の原子間結合エネルギー
- C(CH2)-C結合:83
- C(CH2)-Si結合:76
要するにベースのガラスコーティング部の基本骨格は、ケイ素と酸素(Si-O)結合なので強く、その上のフッ素樹脂部の基本骨格は炭素とフッ素(C-F)結合なので強いが、ガラスコーティングとフッ素樹脂の接合部は、ケイ素と炭素(C-Si)結合および、炭素と炭素(C-C)結合部があり、ここが弱いということなのです。
これは言い換えると、ガラスコーティングの上に乗っかっているフッ素樹脂がすぐに剥がれ落ちるということになります。
おそらくこのC-SiやC-C結合部は、カルナバロウワックスと同程度の耐久性になるのではないでしょうか。
無機(Si-F)フッ素コーティング???
車用フッ素コーティングの中には、ケイ素とフッ素Si-Fが直接結合したような宣伝PRをしているものが見受けられます。
確かにSi-F結合エネルギー:135は非常に大きく、ガラスの基本骨格Si-O結合:108の1.25倍になり、最強の組み合わせとなります。
|
Si:ケイ素
F:フッ素 |
しかし、Si-F結合(フッ化ケイ素)は「絵に描いた餅」でしかありません。
仮にフッ素とケイ素が結合したものを、湿気を含む空気中にさらしたとしましょう。湿気すなわち水分(水素)と反応して、非常に危険な酸化剤が生成されます。
|
Si:ケイ素
F:フッ素
O:酸素 |
このような酸化剤が気体となれば、呼吸器や眼や皮膚や金属を侵しますし、水に溶け込めば強力な無機酸となって、人体や車の塗装や金属だけでなくガラスをも腐食(溶かす)させます。
少しでも湿気のある空気中では、Si-Fのかたちでいることはできないのですから、ケイ素とフッ素が直接結合した自動車ボディ用Si-Fフッ素コーティング剤はありえないのです。
危険すぎます。
フッ素コーティング関連記事
本ブログ運営:株式会社THエンゼル
コーティングのはなし ブログの記事一覧を表示します。
一覧リストを表示するまで、少々時間がかかる場合があります。