ひとくちに「傷がつきにくい」と言っても、傷つきにくさを実現する方法として、様々な取り組みがあるように思いますので、少し触れてみたいと思います。
耐傷性(傷のつきにくさ)を高める方法として、一般的には下記のように3つの方法が考えられているように思います。
1.組織が破壊されにくいように硬くする。
例)2.組織が破壊されにくいようにしなやかにする。
車のガラスコーティング
iPhoneのゴリラガラス(将来サファイアガラス?)
例)3.組織が破壊されても形状を回復する。
トヨタ:セルフリストアリングコート
日産:スクラッチシールド :ポリロタキサン
BMW:BMW自己修復性耐すり傷塗装
これから実用化が期待される新しい取り組み
1.硬くする
組織が破壊されにくいように硬くする。硬化型コーティングの多くはこのタイプの取り組みをしています。コーティングのほかにも身近な例としては、アップル社iPhoneなどの液晶画面「ゴリラガラス」などにもありますように、表面を硬くして、できるだけ傷つきにくくするという考え方です。
ただこの場合も、ただ硬いだけでは脆くなるので、むやみに硬いのは意味がなく、しなやかな柔軟性とのバランスを保つことが重要です。
その例として、最新型iPhone6の開発・製品化当時の、興味深いエピソードがありますのでご紹介します。
iPhone6よりも前の機種の液晶画面には、ガラス製品世界最大手企業である米国コーニング社が開発した「ゴリラガラス」を採用していました(結局、iPhone6シリーズの液晶画面は、ゴリラガラスを採用)。
ゴリラガラスは、非晶質ガラス(結晶ではないガラス)の特徴を活かして、硬く傷つきを防止することはもちろんのこと、スマートフォンとしての使用を考慮し、ズボンの尻ポケットに入れて、筐体のたわみが発生しても割れにくいようなしなやかさを併せ持っています。
iPhone6の開発段階においては、「サファイアガラス」が採用されるのではないかと話題になりました。アップル社はゴリラガラスよりも硬いと言われている、サファイアガラスが傷つきにくいことや、おそらく名前イメージが高級そうなので、スマホを売り込みやすいと考えて、米国GTアドバンスト・テクノロジー社(以下、GTアドバンスト)と提携してサファイアガラス開発に着手しました。
ところがサファイアガラスは、昨年秋に発売されたiPhone6の液晶画面には採用されず、直径1~2cm程度のホームボタン兼用の指紋センサ「Touch ID」カバーガラスへの採用に留まっているようです。
メインの液晶ディスプレイ・カバーガラスとして採用されなかった理由として下記のような憶測があるようです。
- 強度あるいは硬度などの性能の問題。
- 製造コストの問題。
- 製造供給の問題。
iPhone6発売直後の昨年10月、アップルへのサファイアガラス・サプライヤーであるGTアドバンストが、破産法適用を申請したとのニュース記事がありました。
日経コンピュータ記事
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/14/100701244/
この通称サファイアガラスは、合成サファイアの一種であり、「酸化アルミニウム:Al2O3」を人工的に結晶化したもの=コランダムです。
コランダムの硬度は、下記のようにダイヤモンドに次ぐ硬さを持っています。
- 結晶:ダイヤモンド:モース硬度10
- 結晶:コランダム:モース硬度9
(別名:サファイアガラスなど)- 結晶:ガラス:モース硬度7
(別名:水晶、クリスタル、クォーツなど)- 非晶質:ガラス:モース硬度5前後
(ガラスコーティングや窓ガラス、ガラスコップなどは、鉛筆硬度9H程度以下)
アップルとGTアドバンストの取り組みのように、資金の潤沢な最新技術・設備の整ったハイテク工場においても、結晶ガラス(サファイアガラス)の製造は、品質やコストなど各種条件のハードルが高く、商品化することは難しいようです。
2.しなやかにする
組織が破壊されにくいようにしなやかにする。しなやかにすることで傷つきにくくする取り組みとしては、トヨタさんの「セルフリストアリングコート」や、日産さんの「スクラッチシールド」、あるいはBMWさんの「BMW自己修復性耐すり傷塗装」のような、クリア層塗装があります。
各自動車メーカーさんとも「自己修復」と言っているようですが、厳密には自己修復というよりも、塗装にかかる外力をしなやかに分散し変形させるような、「ポリロタキサンによる弾性」(スクラッチシールドの場合)を利用しているようです。
要するに、自動車塗装に要求される硬さ※がありながら、同時に従来の塗装よりもしなやかさを併せ持つことによって、「傷つき」という塗装の組織(結合)が破壊されにくくしようという取り組みです。
※.しなやかであるから柔らかい、というような誤解があるように思われます。トヨタ、日産、BMWのこれらのクリア塗装は、必要な一定の硬さを保ちながら、しなやかさをアップさせたもののように思われます。
余談ですが、このタイプは一旦組織(結合)が破壊されてしまうと、元に戻る能力はないようですから、わたしは自己修復と呼ぶのはちょっと疑問があります。
スクラッチシールド(ポリロタキサン)の原理などは、日産さんとともに特許を取得しているアドバンスド・ソフトマテリアルズ社のウェブサイトに登録されている、下記文献をご覧ください。
高分子材料の新しいエントロピー弾性
(出典:株式会社ASM、東京大学)
https://www.asmi.jp/admin/wp-content/uploads/2020/10/slidling.pdf
3.形状を回復する
組織が破壊されても形状を回復する。コーティングや塗装あるいは、スマホの画面や筐体などで、傷ついたのちに形状を回復できるものがあるのかは知りませんが、一旦傷つき破壊された(結合が切れた)組織が、熱や光などの外部エネルギーを利用して、組織が再び結合することで形状を回復する方法が研究開発されているようです。
将来「人の皮膚組織の傷が癒える」かのように、修復可能なものが実用化されるかもしれません。わたしは、このようなことができるようになりましたら、「自己修復」などと呼んでも差支えないような気がします。いかがでしょうか?
国内外で様々な研究がなされているようですが、将来における真の自己修復コーティングの参考になりそうな、技術解説がされているウェブサイトがありました。
動的共有結合ポリマーに関する研究
(出典:東京工業大学)
http://www.op.titech.ac.jp/polymer/lab/otsuka/research.html
【結論】硬さとしなやかさは車の両輪
よく考えてみると、上記のような「1.硬くする」と、「2.しなやかにする」は、車の両輪のようなもので、硬さが突出しますとiPhone6で不採用になったサファイアガラスのように、脆くて使いにくいものになってしまいますから、傷つきにくさを追求する場合は、硬くすることと、しなやかにすることを両立させる必要があると考えられます。現状では、熱や光などの外部エネルギーによって、自動的に形状を回復できるようなものは研究途上のようですから、コーティング剤開発製造者としてやるべきことは、鉛筆硬度9Hにこだわって非晶質ガラスの最高硬度にするのではなく、硬さとしなやかさを両立させ、良いバランスをとることで、傷つきにくさを追求することのようです。
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